top of page

「あたかもすでに自由であるかのように」 ー デヴィッド・グレーバーの遺産をどう継承するのか?

2021年12月11日
読了時間: 2分

酒井隆史(大阪府立大学教授、社会学、社会思想)


 「もう一つの世界は可能だ」という言葉がある。1990 年代後半からゼロ年代にかけて世界的に展開した「グローバル・ジャスティス運動」のスローガンである。

 その時、世界では、巨大企業や金融、先進諸国の政府が結託して、途上国に膨大な負債を

押しつけ、融資や返済の緩和の条件として、社会保障や医療教育予算の削減、貿易の自由化、国内の規制緩和を要求していた。もちろん犠牲になるのはその国の特に弱い立場にあるひとである。のみならず先進国内でもおなじことが進んでいた。これが冷戦終結後、つかの平和の幻想がさめたあとの冷厳な現実だったのである。

 労働者階級の両親をもつ NY っ子のデヴィッド・グレーバーは、人類学と歴史学に惹かれ、一二歳の頃にマヤ文字の解読に熱中する。ハーバード大学のマヤ学者の目にとまり将来が約束されるものの、シカゴ大学で人類学を専攻した。博士論文を書き終えた頃、グローバル・ジャスティス運動と遭遇する。1999 年のシアトルの反乱である。アメリカ圏の貿易自由化に反対して WTO 総会の開催地シアトルに世界中の人びとが集まった。そして、先住民、自然保護団体や女性の権利組織、労働組合、若者たちが集まって激しい抗議行動をくり返した。その結果この WTO のもくろみは撤回されることになる。


最新記事

すべて表示
9月定例研究会延期のお知らせ

9月26日(土)に予定していた定例研究会は、都合により延期します。新しい期日が決まり次第、お知らせします。 2026年9月13日 ルネサンス研究所・関西研究会 事務局

 
 
 

コメント


 ルネサンス研究所・関西

Research Institute for the Renaissance of Communism and Revolution 

​

〒601-8003 京都市南区東九条西山王町7番地 社会労働センター・きずな気付

bottom of page