top of page

ラディカリズム復権のための序論 ~人間らしく生きるとはどういうことか~

  • 6月30日
  • 読了時間: 2分

日時 2026年8月8日(土) 午後2時~午後5時

会場 高槻市立生涯学習センター 第1会議室

   大阪府高槻市桃園町2番1号(高槻市役所 総合センター3階)

報告 茂木 康(ルネサンス研究所・関西研究会運営委員)

資料代 500円

※Zoomオンラインで参加できます。ご希望の方は yougattamove@gmail.com(茂木)あてにお申し込みください。


 2024年4月、全米各地の大学で学生たちがキャンパス内テントを張って泊まり込む抗議運動(エンキャンプメント)に立ち上がった。彼らは、パレスチナへの連帯をかかげ、イスラエルによるジェノサイドに一斉に抗議の声を上げた。エンキャンプメントの発端となったコロンビア大学ハミルトン・ホールに学生たちが籠城したとき、それは1968年の学生反乱の記憶と直ちに結びつけられた。その理由は、ハミルトン・ホールが1968年に学生たちに占拠された多くの建物の中でも象徴的な存在であったというだけではない。2024年に学生たちが掲げた要求の多くが、1968年の学生たちの闘いを継承するものだったからである。 2024年のエンキャンプメントのバックボーンとなったイスラエルに対するBDS(ボイコット、資本引き上げ、制裁)運動、アメリカ先住民運動、ブラック・ライブズ・マター、再開発反対運動、刑務所廃止運動などは、2025年12月に民主社会主義者のゾーラン・マムダニをニューヨーク市長に押し上げる重要な推進力でもあった。1968年のラディカリズムは今日においてもなお、アメリカ帝国主義への対抗運動として、その有効性を発揮し続けているといえるだろう。

 日本においても、60年代はラディカリズムの季節であった。1967年10・8羽田闘争以降、70年安保にいたる政治過程を切り開いていったのは青年・学生たちの反乱であった。当時、多くの民衆が共感したのは、彼らの行動が「人間らしく生きるとはどういうことか」を鮮烈に提示していたからではないか。一見すると、かつてのラディカリズムは今日の日本においては見る影もない。これはアメリカの状況と比べるとあまりにも対照的である。はたして60年代の青年・学生たちのラディカルな行動と問題提起は、雲散霧消してしまったか。それは現在的になんらの有効性も持ち合わせていないか。もはや日本におけるラディカリズムは不可能なのか。そうした問題を「人間らしく生きるとはどういうことか」を参照軸にして考え

てみたい。



 
 
 

コメント


 ルネサンス研究所・関西

Research Institute for the Renaissance of Communism and Revolution 

〒601-8003 京都市南区東九条西山王町7番地 社会労働センター・きずな気付

bottom of page